スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
申叔舟(シン・スクチュ) ~史劇登場人物
カテゴリー第1弾は、
姫の男(王女の男)に登場する申叔舟(シン・スクチュ)
胡散臭い人物だらけの首陽大君(世祖)の側近の中で、
唯一、思慮深くマトモで説得力ある意見を述べてくれる存在です。
息子の申勉(シン・ミョン)と共にドラマでのお気に入り親子です。

史録によると、
1417年(太宗17年)生まれ。世祖と同い年なんですね~
父親は工曹参判の申檣(シン・ジャン:イ・ダリョン@大王世宗
妻の祖父が尹會(ユン・フェ:イ・ウォンジョン@大王世宗ですから、
幼少時から王室に深い関わりがあったんですよね。
文武両道に秀でていたそうです。(ミョンもそうですよね♪)

1439年(世宗21年)、25歳で文科に合格して官吏となり、
世宗時代は集賢殿の学者として重用されたようで、
集賢殿八学士として成三問(ソン・サンムン)と才能を競ったそうです。
大王世宗では、父親をこきつかって家族から奪った・・と、世宗を恨んで
出仕を拒否していましたが、その後、世子(後の文宗)に忠誠を誓い、
語学を生かしてハングル創製に貢献した、マジメな学者・若者でした。
世孫(後の端宗)の教育係もしていたのかな?
日本語や中国語、アラビア語など七ヶ国語に優れていたそうで、
外交官としても活躍し、通訳を介せず明・日本・女真の使臣を迎えたとか。
1443年(世宗25年)には癸亥通信使書状官として日本に赴いています。
使命は六代将軍義教への弔慰と七代将軍義勝の即位祝賀ですが、
京都だけでなく、西国大名も訪れたようです。
このとき、日本の仮名文字に感動してハングル創製につながったとも。
一方、彼の文才に感激した日本人が争って詩作を求めたという逸話も^^
またハングル創製のために明の学者の教えを請うため、
成三問とともに13回も遼東を訪れたそうです。
1448年(世宗30年)完成の「東国正韻」編纂にも参加しており、
他にも、洪武正韻訓訳、四声通考などの音韻書を編纂しています。


文宗時代には司憲府に異動となり、
端宗が即位した1452年(端宗1年)には
謝恩使書状官として首陽(スヤン)大君に同行して明を訪問。
韓明澮(ドラマ)では、申叔舟を味方につけるために韓明澮の推薦で
首陽大君に一本釣りされて書状官に抜擢されたようですね。
韓明澮(ドラマ)でも王と妃でも、この旅で首陽大君への見方が変わり、
志を共にするようになったとされています。韓明澮(ドラマ)では、
「没する太陽を一緒に見よう。そなたと旅ができてよかった。」
と首陽大君が申叔舟に語っているようです。
姫の男では、この2人の明旅行は省略されているのですよね。
文宗時代、明から戻ってきたところ、文宗に呼ばれて
「学者だから重用できなくてすまない。端宗を頼む。」なんて言われて
複雑な心境のところ、首陽大君から姻戚となる申し出を受けるのよね。

明から帰国すると、承政院同副承旨となり、
1453年(端宗4年)、癸酉靖難に加わって二等功臣となるのね。

加わったといっても主導者ではなかったようですが、これがキャリアの転機!
「首陽の犬」と罵られ、後世まで変節漢と非難された選択ですが、
自分の将来のためだったのか、国の将来を考えての選択だったのか?
姫の男では首陽大君から姻戚となる申し出を受けたのがきっかけで、
「この国には首陽大君のような強い君主が必要」
「息子の将来のために怖い首陽大君を敵に回してはいけない」
って考えたみたいですよね。
もう金宗端(キム・ジョンソ)に睨まれちゃってたから後にひけないし。
実際、明への使節で活躍して首陽大君から厚く信頼を得たせいで
金宗端から首陽派とみなされて冷遇された、ってところなのかも。
貧しい家柄出身でアツい正義漢の成三問(ソン・サンムン)と違って
諸外国を見聞した経験からか、偏見や蔑視にとらわれない広い視野で、
現実的でときに妥協しつつ国益を第一に考えてたんじゃないのかな~

その後、都承旨となり(領議政は首陽大君)、さまざまな要職を兼任し、
1455年(世祖1年)、世祖の即位に貢献した佐翼一等功臣に。

また長男シン・ジュ韓明澮(ハン・ミョンフェ)の娘と結婚!
(ミョンではないのよね!ミョンは次男なのよね。)
そして芸文学大提学に昇格後、奏聞使として再び明に派遣されますが、
その間に夫人の尹(ユン)氏が病にかかり、お亡くなりに~(涙)
責任を感じた世祖は申叔舟を兵曹判書に任命します。
が、翌年の夏、今度は長男シン・ジュが亡くなってしまいます!(涙)

翌1456年(世祖2年)、端宗復位事件が発覚し、
拷問を受ける集賢殿以来の親友成三問(ソン・サンムン)から
「世宗大王から世孫を頼むと言われたのを忘れたのか!」
と罵られて辛い立場。
結局、最後まで端宗への忠誠を誓いながら処刑された成三問らは
死六臣として後世まで称えられ、
世祖側についた申叔舟は、変節漢として非難されちゃうのね~

その後も吏曹判書、判中枢院事、右賛成、左賛成、右議政、左議政、
と順調に出世しつつ、辺境にも度々派遣され、
女真族討伐にも功績をあげたそうです。
高名な学者で、外交官で、政治家で、おまけに軍人としても傑出!
1462年(世祖8年)にはついに領議政となります。
左議政が権擥(クォン・ラム)、右議政が韓明澮(ハン・ミョンフェ)
と、功臣三羽烏の天下だったようです~
息子の申勉(シン・ミョン)は都承旨です!

世祖の信頼も厚かったようですが、(在位期間4年半は世祖治世最長)
王と妃によると、功臣を牽制する晩年の世祖に説得されて
領議政を解任され、兼礼曹判書に転任
1467年(世祖13年)、イ・シエの乱で謀反の疑いをかけられ投獄されます。
後に疑いは晴れて釈放されますが、投獄中に、
息子の申勉(シン・ミョン)が反乱軍との戦いで戦死しちゃうのね~(涙)

睿宗が即位すると院相として承政院に入り(功臣メンバー=ジジイ軍団)、
南怡(ナム・イ)の乱で政敵(王族中心の若手新興勢力)を排除。
王と妃では黒幕は柳子光(ユ・ジャグァン)韓明澮(ハン・ミョンフェ)で、
申叔舟は権擥の娘婿の南怡(ナム・イ)を陥れた韓明澮に怒ったとか。

成宗が13歳で即位すると垂簾聴政における国政の全決定権を
韓明澮(ハン・ミョンフェ)とともに握っていたそうです。
1471年(成宗2年)には再び領議政に就任、
(前任の尹子雲(ユン・ジャウン)はスクチュの義弟。)
1975年(成宗6年)に亡くなるまで務めていたようです。

(垂簾聴政はその翌年1976年(成宗7年)に終わりました。)
随分長生きしたように思えますが58歳だったんですね~
(ジジイなんて書いちゃってゴメンナサイ!)

1471年(成宗2年)には、日本訪問の経験を元に著した「海東諸国記」を刊行。
これは日本国と琉球国について記述した重要な漢文歴史書なんだって!
「日本は最も久しく、其つ大なり。」とか
「習性は強悍にして剣槊(武術)に精なり。」とか
親日的な表現で、神武天皇を人の祖とする皇室史も詳しく書いてあって、
ますます親近感が湧く人物です!仮名文字についても
「男女と無く皆其の国字を習う。国字は加多干那(かたかんな)と号す。
凡そ四十七字なり。唯僧徒は経書を読み漢字を知る」

と記述しています。
正確な認識に基づいて、客観的に理解しようとする態度で一貫していて、
主観的な記載や独断あるいは偏見や蔑視が見られないため、
史料的な価値が極めて高いらしいです。
この「海東諸国記」は詳細な訳注本が出版されているそうな。
ぜひ読んでみたーーーいっ!
海東諸国紀―朝鮮人の見た中世の日本と琉球 (岩波文庫)
1471年(成宗2年)刊行。1933年影印刊行。1991年、岩波文庫より出版。

臨終の際には成宗に対して
「願わくば日本と和を失うことなかれ」
と日本との外交の重要性を遺言したそうです。
漢詩文も得意で、死後、彼の詩文は保閑斎集としてまとめられたそうです。

登場したドラマと演じた俳優:

大王世宗:クォン・セイン
世宗時代の若い頃、まだ青臭くて感情剥き出しな青年を演じています。
父親に似ず^^マジメで線が細い子だなあ・・って印象でした~。

姫の男:イ・ヒョジョン
私の中で申叔舟のイメージはこの人に決定です!
出てくるたびに「あ、あの声のいい俳優さんだ!」と注目する方なんですよね~
つい最近は趙の都督@近肖古王でお目にかかりました。
嬰陽王@淵蓋蘇文豊臣秀吉@不滅の李舜臣も。
今回は寡黙な役柄で、いい声を張り上げる姿は見られないのですが、
分別があって道理にかなってて状況判断も優れてて
味方にいると頼りになる存在、敵でも尊敬できる存在って感じがします!

韓明澮:ペク・チュンギ
ドラマは未視聴ですが、マジメな学者って雰囲気でいいですね~!
ホ・ギュン王朝の暁~趙光祖伝~に出演しているそうなのですが。

王と妃:イ・ジョンギル
これ見た途端ぶっとんでここまで記事を書いたのが一瞬空しくなりました!
イメージ違いすぎ!!!(あくまで私の中の勝手なイメージですが)
腹に一物抱えた喰えないヤツか好色な好々爺ってイメージなんですよねえ。
登場シーンは視聴したはずなのに記憶にない・・・
たぶんイ・ジョンギルのイメージが強すぎて申叔舟とは認識せずに
ただのあなどれない功臣としか思わなかったんでしょうね~(笑)
あまり史劇のイメージはないのですが、乙支文徳@淵蓋蘇文ですね。
後、林巨正とか、古くは太宗@大王太宗だったそうです!
確かにバンウォンのイメージかも^^・・・ちょっと見てみたい気もします。

王と私:シン・グィシク
成宗時代、ウザイ老臣って感じでしょうか(見てないのですが)!?
この方も現代劇での会長役ってイメージが強いですが、
ユ・ジョンヒョン@龍の涙、月山大君@王妃チャン・ノクス、
仁穆王后父@王の女
の他、女人天下ホ・ギュンにも出演しているそう。

死六臣:コ・スンニョン
北朝鮮の俳優だそうです。
スポンサーサイト
テーマ:韓国時代劇
ジャンル:テレビ・ラジオ
ドラマに登場する歴史上の人物
ただいまドハマリ中の姫の男(王女の男)・・・
一番のお気に入り人物はもちろん!
切ない度満点の2番手男シン・ミョンと、
キム・ヨンチョル演じる首陽大君(世祖)なんですが、
実は彼ら以上に気になる人物が1人!
歴史上の評価は微妙で、私も実は好きではなかったんですが、
このドラマでの彼のスタンスがなぜかとても好きで、
他のドラマでどのように描かれているのか、気になって調べ始めたら、
次々と他の人物も気になりだして、、、
とうとう、こんなカテゴリーを作っちゃいました~~~(笑)

レビューも溜まってるし、年末ランキング企画も今年こそはやりたいので
そんなに時間を割くつもりはないんですが、
気になる人物が登場するたびに、ぼちぼちとアップしていきたいと思います。

もちろん、最初の人物はあの人です!
テーマ:韓国時代劇
ジャンル:テレビ・ラジオ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。